3/11(水)
東日本大震災からはや15年。地震発生時刻につぶやいてます。
2万人以上が犠牲となった、未曾有の災害。未だ多くの方が行方不明のまま。
かけがえのない人を失った悲しみは、いくら歳月を経ても癒える事はないでしょう。
犠牲者の方々に、心からの哀悼の意を捧げます。
当時、小生は営業中でお客様と商談中でした。
揺れが始まり、かなりの強さと気持ち悪い程の揺れとなり、書庫の書類が落ちたり、エアコンが倒れてきそうになったりで、お客様と屋外へ出ました。
出たら出たで、石油タンクが尋常じゃない程、揺れており正規の避難場所へ集まり、人数確認が始まりました。
小雪がちらつく寒さで、1時間くらいその場にいたでしょうか。
すると周囲の方々の携帯電話が鳴り始め、話を聞くと自宅等が津波で流されているという内容でした。
これは映画みたいな事なのか、現実なのかが判らなくなり、ただ話の内容に耳を傾け、早く帰途に就きたい、その一心でした。
16時を過ぎた所で、その場を動いて良いとなったので、車に戻り電話をかけましたが繋がらず、唯一メールは届いたので会社や同僚や家族と連絡を取り、安否の確認をしながら帰途に就きました。
しかし、通常であれば80分くらいで着くはずが、停電による信号ダウンで約4時間かけて会社に戻る事が出来ました。
唯一営業の同僚が一人いてくれ安堵しましたが、事の重大さと明日からどうなってしまうのか?くらいしか思考が働かず。
帰宅しニュースで被災地の惨状を見た時、呆然とした記憶があります。
その後はあまり憶えていませんが、懸命に日常を取り戻す事に奔走していたと思います。
被災地では溶出したデブリが880トンという途方に暮れる数字が重くのしかかり、15年経過の現在でも僅か0.9gの試験回収しか出来ていない。
いったい何年かかるのか?という状況です。
避難区域の方々は、未だ帰宅が叶わず仮設住宅暮らしが続いている。
帰る事が出来ても、生活が成り立つのか?被災3県の人口は1割減となり、故郷を泣く泣く離れざるを得ない状況。
復興予算も41兆円という莫大な費用です。
その後も各地で地震による被害がありましたが、直後は警戒していても慣れというものが先行し、いつしか備える事を怠るという状況です。
もし南海トラフ地震が発生したら、国全体が機能しなくなる恐れもあります。
可能性がゼロでない限り、必要な備えをする必要があると考えます。
自然災害はいつ起こるか分かりません。
人間一人一人が予期せぬ事態への準備をするべきだと思います。
出来る事から始めましょう。
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